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大腿骨近位部骨折例に筋力トレーニングは不要
前回は大腿骨近位部骨折例に対する関節可動域運動についてご紹介いたしました.
今回は大腿骨近位部骨折例に対する筋力トレーニングについて考えてみたいと思います.
大腿骨近位部骨折例における歩行能力に影響を与える要因としては,年齢・認知機能・受傷前の歩行能力等の様々な要因が挙げられますが,modifiable factorとしては下肢筋力が重要であり,運動療法に関するSystematic Reviewでも筋力強化運動の歩行能力向上に対する有用性が示されています.
近年,筋力トレーニングが筋の柔軟性を低下させる,歩行中に発揮する筋活動量は最大随意収縮の20%に過ぎないから量的な筋力向上は不要であるといったパラダイムも一部の理学療法士の間で広まっておりますが,最大筋力が低下している大腿骨近位部骨折例においては,歩行中の筋活動量が50%以上にも相当する方も少なくありません.ですので最低限の筋力の獲得に向けた筋力トレーニングが必須であると筆者は考えております.
筋力トレーニングの考え方
ではひたすら筋力トレーニングを実施すればよいのかというとそういうことではありません.
大腿骨近位部骨折後には同じ作用を有する筋群のうち,筋力発揮が困難となる筋と,活動が過剰となる筋の不均衡が問題となることが多いのですが,この点が筋力トレーニングを実施する上では非常に重要です.
同一の作用を有する筋群の中でも,筋力発揮が困難となった筋を選択的に活動させ,活動が過剰となった筋の過活動を減じるといった視点が非常に重要となります.
また術後早期には,筋力を決定する主要因である筋横断面積と神経性因子(運動単位の動員・発火頻度)以外にも,疼痛に伴う大脳の興奮水準の低下,拮抗筋の過活動,浮腫や腫張に伴う関節原抑制,組織間の癒着に伴う主動作筋の滑走性低下等,様々な要因が筋力低下の原因となります.
大腿骨近位部骨折例の運動機能を評価する上でMMTをはじめとする筋力評価を行うことは重要ですが,「筋力低下=筋力トレーニング」といった短絡的なプログラム立案ではなく,筋力低下の原因を考えた上で理学療法プログラムを選択することが重要です.
本骨折例に対する筋力トレーニングの実際
股関節屈曲筋群
大腿骨近位部骨折後には股関節屈曲筋群の中でも,腸腰筋の筋出力発揮が困難になる一方で大腿直筋の筋活動が過剰になる場合が少なくありません.
特に大腿直筋の過剰収縮が続くと大腿直筋が慢性的な血流不全に陥り,二次的な疼痛が出現してしまいます.
実は大腿骨近位部骨折例の疼痛はこういった二次的な疼痛の訴えも少なくありませんので,二次的な疼痛を発生させないように同一作用を有する筋群における筋活動の不均衡を是正することが重要となります.
以前の小転子骨片転位の記事でも紹介させていただきましたが,特に大腿骨転子部骨折例においては腸腰筋の筋出力発揮が難しくなることが多いので,代償的に大腿直筋の筋活動が過剰になりやすいのです.
大腿直筋の筋活動を減じながら腸腰筋のトレーニングを行うためには股関節深屈曲位で股関節を屈曲させる運動が効果的です.
股関節外転筋群
大腿骨近位部骨折後には股関節外転筋群の中でも,中殿筋の筋出力発揮が困難になる一方で大腿筋膜張筋の筋活動が過剰になる場合が少なくありません.
ピンニング・CHSといった手術では大腿筋膜張筋に侵襲が加えられていることが多く,大腿筋膜張筋の過剰収縮はさらなる疼痛を出現させることになりますので,中殿筋の筋活動を向上させ大腿筋膜張筋の活動を減じることが重要となります.
外転筋群についても活動させたい筋が最も機能する関節角度でトレーニングを行うことが重要となります.
股関節内転位では大腿筋膜張筋の静止張力が増加するため,外転筋群のトレーニングを行う場合には最大外転位での等尺性収縮が勧められます.
股関節外転位で外転筋群のトレーニングを実施すると中殿筋のみならず小殿筋の筋活動を増加させることができます.
股関節伸展筋群
股関節屈曲筋群・外転筋群と同様に,股関節伸展筋群も二関節筋であるハムストリングスの過活動が起こりやすく,大殿筋の筋出力が得られにくいといった点が大きな特徴になります.
通常,股関節屈曲角度が大きくなるほどハムストリングスの活動が高くなりますので,大殿筋の収縮を得たい場合には股関節伸展位でトレーニングを行うと効率的です.
例えばブリッジングによる股関節伸展運動を行う場合には,マットの下に台を置くなどしてなるべく股関節伸展位でトレーニングを行うことが重要です.
参考文献
1)Portegijs E,Sipilä S,Rantanen T et al:Leg extension power deficit and mobility limitation in women recovering from hip fracture.Am J Phys Med Rehabil87(5):363-370,2008
2)Handoll HH, Sherrington C:Mobilisation strategies after hip fracture surgery in adults.Cochrane Database Syst Rev24(1):CD001704,2007
3)上野貴大,他:大腿骨近位部骨折患者における立ち上がり動作の運動力学的・筋電図学的分析,理学療法学,2015
4)Kumagai M :Functionalevaluationofhipabductormuscleswithuseofmagneticresonanceimaging.JOrthopRes15:888-893,1997
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