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理学療法診断 理学療法士は診断できる?
理学療法士の皆様は理学療法診断という言葉を聞かれたことがありますか?
そもそも理学療法士って医学的な診断はできませんので,理学療法診断って言葉自体が危険な気がしますが,理学療法診断という言葉を耳にすることが多くなってきました.
またこの理学療法診断といった言葉に警笛を鳴らす方々も少なくありません.
昨今は日本医師会や厚生労働省が理学療法士の暴走に目を光らせておりますので,当然と言えば当然かもしれません.
結局のところは言葉の使い方の問題だと思いますが,今回はこの理学療法診断という考え方について考えてみたいと思います.
理学療法士は診断はできない
まずは当たり前の話ですが,理学療法士は医学的診断はできません.
医師法の17条には「医師でなければ,医業をしてはならない」と明記されています.
平成元年に公開された厚生省研究班による報告によると,医業の定義は医行為を業として行うこととされ,医行為とは医師による医学的判断及び技術が必要な行為であるとされています.
医行為には,絶対的医行為と相対的医行為があり,前者は常に医師が行わなければいけないほど高度に危険な行為を指し,診断は絶対的医行為に含まれます.
したがって医学的診断,つまり上述した病理学的,解剖学的,病因論的見地にたって疾病を同定する行為は医師に限られるべきです.
仮にそれがどの職種にも認められるようであれば,免許制度やそれを保障する養成カリキュラムなど全てが否定され,この国の医療制度の根幹が揺らぐことになります.
理学療法診断とは?
理学療法士が医学的診断ができないのは当たり前の話ですが,それでは理学療法診断というのは何を意味するのでしょうか?
理学療法診断というは,様々な要因によって生じた運動機能における障害を同定し(運動機能障害診断),その関連因子や予後を判断して適切な介入法を選択する(理学療法適用診断)プロセスを指すようです.
上述した厚生省研究班の報告書によると,理学療法は相対的医行為に位置づけられ,医師の指示のもとに権限が移譲可能な,危険度の低い(危険が無いわけではない)医行為とされています.
医師の指示のもとに実施される理学療法には評価・検査も含まれており,その理学療法評価を可視化して根拠を蓄積し,臨床疫学的に運動機能障害の有無や理学療法の必要性・効果を診断していくこと自体は,理学療法の透明性を増しこそすれ,危険度をあげることはありません.
この運動機能における障害を同定し,関連因子や予後を判定して適切な介入法を選択するといった一連の流れは理学療法士の根幹を成す部分だと思いますが,これを診断と呼ぶことに問題が無いかといった視点が重要です.
診断という言葉の持つ意味は重く,根拠が不足している現時点で,無責任に診断という用語を用いることは慎むべきとも考えられます.
理学療法診断と理学療法評価の違いは?
上述した運動機能における障害を同定し,関連因子や予後を判定して適切な介入法を選択するといった一連の流れは理学療法評価と呼んでもよいと考える方もいらっしゃると思います.
理学療法診断に含まれるのは,理学療法評価に欠けていた理学療法の必要性の判断と,障害の有無や程度の同定を包含しているところがポイントです.
理学療法士は医師の処方に応じて理学療法評価や理学療法介入を行うわけですが,これまで理学療法の必要性や効果については,あまり議論がなされてきませんでした.
この理学療法診断の考え方では,従来から行われているクライアントのデマンドやニーズに基づいてゴール設定を行ったうえで,ICIDHやICFに基づいてゴール達成における問題点などを挙げ,統合解釈によって治療プログラムを立案する過程を理学療法評価と呼び,理学療法がそもそも必要なのか,理学療法がゴールを達成するうえでもっとも妥当であるかの判断について,理学療法診断を行うということになります.
理学療法診断というからには,障害を持つ方の異常な有無やその程度を把握することが必須です.
医師が病理学的な異常を把握するのと同様に,理学療法士は運動機能障害の有無や程度を把握する職責があるわけです.
つまり理学療法診断と理学療法評価の大きな違いは,クライアントの異常な状態を把握し,理学療法の必要性を判断する上での客観性に一番の違いがあると考えられます.
言うならば理学療法診断というのは,評価学とまったく異なる体系と言うよりも,理学療法評価の延長線上にあるものととらえることができます.
今回は理学療法診断といった考え方について考えてみました.
医師会や厚生労働省が理学療法士の暴走に目を光らせる中で,この理学療法診断という言葉そのものが独り歩きするのは正直怖いと思いますが,提唱されている理学療法診断の意義を理解することはわれわれ理学療法士にとっても重要だと思います.
言葉の問題ですが,言葉の使い方って改めて大切だなと感じるわけです.
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