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クライアント指導に活かす行動変容アプローチ
われわれ理学療法士・作業療法士は日々の診療の中で,クライアントに対して様々な運動指導・生活指導を行う機会が少なくありません.
こういった運動指導・生活指導って,なかなか難しくて,われわれが指導を行っても,まったく実践して下さらないクライアントが存在するのも事実です.
「あのクライアントはやる気が無い」と言ってしまえば,話は終わってしまうわけですが,できるだけ指導を実践していただくためには,行動変容アプローチに基づく指導が効果的です.
今回は行動科学的な技法の中でも代表的なオペラント行動とトランスセオレティカル・モデル(TTM:transtheoretical model)といった技法をご紹介させていただきます.
オペラント行動(operant behavior)
オペラント行動,オペラント動機づけといった概念はかなり古くから存在する行動変容技法の1つです.
われわれの行動において,その行動を引き出すきっかけとなる刺激を「先行刺激」,行動した結果,環境から与えられる応答を「後続刺激」と呼びます.
行動は「後続刺激」から直接的な影響を受け,次にその行動を行う場合に,増えることもあれば,減ることもあるわけです.
このような行動の法則を,行動分析学では「オペラント行動・オペラント条件付け」と呼びます.
「先行刺激」・「行動」・「後続刺激」の3項目によって成立し,環境刺激と行動の関係性を,「三項随伴性」,あるいは「行動随伴性」と呼びます.
例えば理学療法士・作業療法士がクライアントにセルフエクササイズの指導を行う場合には,セラピストの説明や指示が「先行刺激」となります.
この場合の「行動」は,クライアント自身が行っているセルフエクササイズとなります.
この場合は,指導方法の改善もしくは,指導内容の理解の確認が大前提とはなりますが,例えばセルフエクササイズの必要性は理解できていたが,実施するのが面倒なのでやらなかったとの理由であった場合,「後続刺激」によってもその後の行動変容が変化します.
後続刺激により,行動は強化される場合もあれば,弱化される場合もありますが,例えばセルフエクササイズを実施しなかったことによって機能低下が起こると,この機能低下をきっかけとなって後続刺激が強化され,セルフエクササイズを実践する行動が増えることもあります.
また先行刺激はもちろんですが,後続刺激もまたわれわれの声掛けや関わり方によって変化しますので,セルフエクササイズを十分に実践できていれば,賞賛をするなどで後続刺激を強化することが重要となりますし,十分に実施できていなければ後続刺激を強化してセルフエクササイズを実践する方向に導く必要があります.
行動変容ステージ
トランスセオレティカル・モデル(transtheoretical model :TTM)は,変容ステージ(5つのステージ),変容プロセス(5つの経験的プロセスと5つの行動的プロセス),意志のバランス(プロズとコンズ),およびセルフエフィカシー(自己効力感)の4つの概念で構成されております.
このモデルを理解する上で重要なのは“変容ステージ”と”意志のバランス(プロズとコンズ)”です.
まず各変容ステージは上の図に示すような5つの段階に分類されます.
例えば,無関心期のクライアントに,3つ上のステージである実行期に進めるような指導をしても受け入れられがたく,まずは1つ上のステージである関心期に進められるように指導することが重要となります.
具体的にはセルフエクササイズをまったく行う気がないクライアントに対して,「この運動をしておいてください」と指導しても行っても行動変容段階が進行することは無く,まずは関心期に移行させる,つまり行動を起こす意思がある状態に持っていくような指導をすることが重要となります.
無関心期から関心期への移行を図る上では,なぜ運動を行う気がないのかを評価したうえで,まずはセルフエクササイズの必要性を理解させる必要があります.
関心期や準備期のクライアントにおいてはセルフエクササイズをいかに習慣化するかが重要となりますので,セルフモニタリング(セルフエクササイズの実践状況を記録する)等の技法を使用して,セルフエクササイズを習慣化させる方策が有効です.
一方で維持期のクライアントにおいては,逆戻りを予防するための介入が重要となります.
このように一言でセルフエクササイズの指導といっても,クライアントの行動変容段階によって,指導方法が全く異なるといった点に注意が必要です.
意志のバランス
意志のバランス(プロズとコンズ)については,人間の行動を理由づけるときに,かなりの要素を締めていると考えられております.
プロズは恩恵・メリット・長所などとも言い換えられ,コンズはコスト・デメリット・短所などと言い換えることができます.
例えば,セルフエクササイズを実践できない理由を考えてみますと.セルフエクササイズによるメリットが,ただ漠然と‘健康のため”だけとしか思えなかったとし,デメリットは,“運動がきつい”ことだとすると,この場合,「運動がきつい」といったデメリットの方が「運動が健康に良い」といったメリットよりも大きいと考えていることになります.
しかしもし仮に,このクライアントが何らかの疾病に罹患し,理学療法士・作業療法士から「このままの筋力だったら,歩行ができなくなりますよ」といわれたとしたらどうでしょうか?
「運動がきつい」といったデメリットよりも「運動が健康に良い」といったメリットのほうが大きくなり,ダイエットに取り組めるようになるかもしれません.
このようにある行動を起こすには,その人にとってのブロズを大きくすることを念頭に指導を行うことが重要となります.
今回は運動指導・生活指導における行動変容技法の活かし方についてご紹介させていただきました.
理学療法士・作業療法士は運動指導・生活指導を行う機会が多いにもかかわらず,こういった行動変容技法については養成課程の中で教育されないことが多いので,是非とも指導に生かしていきたいところです.
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