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教科書通りの指導が常に正しいとは限らない
以前の記事でノーベル医学生理学賞を受賞した本庶佑氏の氏の「教科書に書いてあることを信じない.常に疑いを持って本当はどうなのだろうという心を大切にする」といった名言をご紹介させていただきました.
理学療法や作業療法の世界でも教科書に書いてあることが当てはまらないといったことは日々の臨床を送っておりますと,非常に多いわけです.
今回はいくつかのトピックスを挙げ,教科書通りのクライアント指導が常に正しいとは限らないといった例をご紹介させていただきます.
階段は患側から昇って,健側から降りた方が楽なんですけど
人工股関節全置換術・人工膝関節全置換術は本邦でも施行件数が年々増加している手術ですが,人工関節全置換術後の,いわゆる患側は術側,健側は非術側と考えるのが一般的かもしれません.
しかしながら人工関節全置換術後の原疾患として最も多い変形性関節症は両側罹患が多く,術前は両側ともに患側であるといったことも少なくありません.
また片側に手術治療が行われた場合には,手術側には著しい機能改善が得られる一方で,非術側の機能低下が顕在化してくるケースが多いのです.こういったケースの場合には,非手術側における関節保護の観点から術側を健側と考えて動作指導を行っていく方法が有効です.
こういった場合には,術側=患側といった公式は当てはまらず,むしろ術側を健側として生活指導を行っていく必要があります.
また昇段動作においては後続脚によるプッシュアップを重要視する場合や,降段動作において先導脚の着地の安定性を重視する場合には,一般的な2足1段昇降動作とは逆の脚順とした方が安全に昇降ができるといった場合もあります.
したがって,われわれ理学療法士・作業療法士はクライアントの筋力,疼痛,動作の安全性.安定性などを総合的に判断して指導を行う必要があるわけです.教科書通りの非術側から昇段して,術側から降段するといった方法論が必ずしも政界ではないわけです.
実際の臨床での指導においては,いくつかのパターンを想定して,実際に練習しながら安定性・安全性やクライアントの動作に対する安心感を確認するとよいでしょう.
杖は必ず健側につくもの?
1本杖・松葉杖といった片側上肢で支持を行う歩行補助具を使用する場合には,患側と反対側の上肢で歩行補助具を使用するのが一般的です.
日常生活動作の書籍には,杖は健側で使用すると記載されているのが通常です.
しかしながら臨床では,左手で突くのは利き手じゃないから難しいので右手で突きたいと要望されるクライアントは多く,実際に左手での杖使用の獲得に長期間を要する症例もしばしばです.
力学的に考えれば,左手が非利き手であったとしても,右足が患側(術側)の場合には,左手で杖を使用する方が有利なわけです.
しかしながら必ずしも非術側で杖を突かなければならないわけではなく,繰り返し練習を行っても杖歩行が安定しない場合や,患側(術側)にある程度の支持性が見込めるような場合には,患側(術側)ど同側である右手で杖を持っての歩行を指導することも間違いではないわけです.
この場合には,歩行における速度・耐久性・安定性・安全性・社会性などを総合的に判断して,どちらに把持してもらうかを決定するとよいでしょう.
やはりここでも「総合的な」判断が重要となるわけです.
杖を長めにしたほうが背筋が伸びてよい?
杖の高さについても教科書的には大転子の高さであるとか,肘関節が屈曲30°となる高さとか,いろいろな高さの調整方法があります.
力学的には杖が標準よりも長いと,杖を突いたときの肘屈曲角が大きくなり,上肢の負担はより大きくなってしまいます.
さらに杖が長いと杖を前方に出そうとした際に,杖のゴムが床面に引っ掛かって転倒する恐れもあります.
杖は患側の免荷を図る,患側の支持性を補助する,支持基底面を広げるといったさまざまな目的で使用されますが,杖を長くした方が歩きやすいといったケースでは,杖を使用して体幹の伸展を補助するといった使い方をしているケースが多いわけです.
このような場合には,教科書的な杖の高さにこだわることなく,あえて杖を高く設定する方法も有用です.
杖を前後の向きが反対?
杖の前後方向を反対に持って歩行している方ってよく見かけますよね?
何度注意をしても反対に持っていることが多かったりするわけですが,実はこれにも理由があります.
一般的には1本杖は手前に長い側が来るように持つのが普通です.
杖というのは前方に出して使用しますので,通常は杖に対して身体が後方に位置することになります.
重心から考えると杖の中心から後方に荷重が加わりますので,杖の長い部分を自分の方に向けて使用するのが教科書的には正しいわけです.
ただし例外もあります,脊椎の変形などで著しく重心が前方に偏位しているような場合には,杖の持ち手の長い部分を前方に向けて使用するのが良い場合もあります.
今回は教科書通りの指導が常に正しいとは限らないといった視点でいくつか例をご紹介させていただきました.
意外にクライアントがこうした方が動作が行いやすいと感じている方法が正解であったりします.
教科書に記載されている動作指導に固執せず,幅広い視野で指導を行うことが重要です.
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