大腿骨近位部骨折は高齢者に多く起こる代表的な骨折です.本邦では疫学的にも大腿骨近位部骨折が加速度的に増加しており,社会的にも大きな問題となっております.
大腿骨近位部骨折例に対しては基本的には手術療法を行って高い固定性を得た上で,早期からリハビリテーションを行う流れが一般的になっております.
大腿骨近位部骨折例の手術は準緊急扱いとなっており,本邦では以前から手術待機期間が長いことが指摘されております.
今回は大腿骨近位部骨折例に対する手術待機期間について考えてみたいと思います.
目次
大腿骨近位部骨折例におけるガイドライン上で推奨される手術時期
また理学療法士・作業療法士の視点から考えれば,長期の臥床によって,四肢・体幹の筋力低下や関節拘縮をはじめとする廃用症候群が進行してしまいますので,可能な限り早期の手術療法を行ってほしいと誰もが考えるでしょう.
本邦における大腿骨近位部骨折例の術前待機期間
本邦における大腿骨近位部骨折例の手術待機期間はどうかといいますと4.2日とされております.確かに以前に比較すると手術待機期間は少しずつ短くはなっているのですが,他国と比較するとかなり遅いといった特徴があります.
例えばデンマークでは大腿骨近位部骨折に対する手術療法は入院後48時間以内に行われるのが,一般的になってきておりますし,英国では36時間以内の手術に対して診療報酬上でのインセンティブが与えられる仕組みが構築されております.
実際に手術待機期間が短縮することでせん妄や深部静脈血栓症等の合併症が有意に少なくなったといった報告も多く,本邦においても今後さらに手術待機期間が短縮化されることが望まれます.
なぜ術前待機期間が長いのか?
1つは内科医の協力が十分に得られないことが多いといった点です.
大腿骨近位部骨折例の多くが内科的に多くの合併症を有しておりますので,術前に十分な検査を行う必要があるのですが,これに時間がかかります.
多くの医療機関では整形外科医が内科医に向けて紹介状を書いてといった流れで内科的なチェックが行われますので,まずここでlagが生じます.
2つ目は麻酔科医の確保です.
手術療法を行うためには麻酔科にも手術に協力を得る必要があるのですが,本邦における麻酔科医というのは(どの科もですが)不足しておりますので,麻酔科医のマンパワー的に手術が行えないといったケースもあります.
3つ目は抗凝固剤に対する考え方です.手術療法にあたっては抗凝固剤を休薬する必要があります.
以前は抗凝固剤の休薬期間が1週間必要と考えられておりましたが,ここ最近はもう少し短くはなっております.
しかしながら麻酔科医の多くは早期に手術をすることに対して否定的な意見を持った医師も少なくないようです.
実際に近年の研究では抗凝固剤の休薬期間によって術後7日目における推定出血量に有意差は無く,術後の輸血の必要性にも差が無いといったことも明らかにされており,今後は抗凝固薬の休薬期間に関する認識が変われば,この点はもう少し解消される可能性が高いと思います.
4つ目としては手術室の確保が挙げられます.
手術室が確保できなければ当然手術は行えません.
さらに大腿骨頸部骨折例に対する人工骨頭置換術では,感染予防の観点からクリーンルームで手術を行う必要がありますので,クリーンルームが確保できなければ手術が行えないことになります.
最近は人工関節全置換術についてもクリーンルームで手術を行っても,そうでない場合と比較して感染の発生割合に有意差が無いことが明らかにされており,この点も今後改善が得られることが予測されます.
リハビリ・看護でできることは? 骨粗鬆症の治療を!
理学療法士や看護師が術前待機期間を直接的に減らすための取り組みを行うのは現実的に難しいと思いますが,医師に対して術前待機期間が長く長期臥床を余儀なくされた症例の合併症をアピールすることも重要だと思います.
また絶対的な大腿骨近位部骨折例を減少させることこそが,医師の負担を減少させ,大腿骨近位部骨折例の術前待機期間を減少させる方策になると思います.
大腿骨近位部骨折を1度受傷すると,対側の大腿骨近位部骨折を受傷する確率は2.3倍にもなることが明らかにされております.
二次骨折を予防するためにわれわれ理学療法士や看護師にもできることは多くあると思います.転倒予防であったり,骨粗鬆症に対する治療率を挙げるための啓発をするといった取り組みも可能だと思います.
特に本邦では大腿骨近位部骨折例に対する骨粗鬆症治療率が著しく低く20%未満であることが問題視されております.
骨粗鬆症の治療率を向上させるには,骨密度測定や骨粗鬆症薬の処方をクリニカルパスに組み込むなどの対策が最も有効だと思います.
薬剤師も巻き込みながらクリニカルパスに組み込み,地域の二次骨折を減少させることができれば,結果的に大腿骨近位部骨折例が減少し,手術待機期間も短縮できるのではないかと考えられます(長期的に見ればという話ですが).
今回は大腿骨近位部骨折例の術前待機期間について考えてみました.近年は大腿骨近位部骨折に対しては集学的にアプローチを行うことが有効であるといった報告が増えております.整形外科医だけでなく多くの専門的な視点で取り組み,今後さらに本邦における手術待機期間が短くなると良いですね.
参考文献
1)Hagino T, et al: Efficacy of early surgery and causes of surgical delay in patients with hip fracture. J Orthop. 2015 : 12: 142-146.
2)Nyholm AM, et al: Retrospective Observational Study on Prospectively Collected Data from the Danish Fracture Database Collaborators. J Bone Joint Surg Am. 2015: 97:1333-9
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