今回は理学療法評価の中でも実施頻度の高い認知機能検査について考えてみたいと思います.
平成28年の国民栄養基礎調査によると,それまで長年要介護原因の第1位であった脳卒中を抜き,認知症が要介護の原因となる疾病の第1位になりました.
臨床で勤務していても認知症を合併する対象者が増えるのを肌で実感します.臨床実習でもHDS-Rを使って認知機能検査を行う機会は少なくないと思いますので,確実に押さえておきたいところだと思います.
目次
HDS-R(改訂長谷川式簡易知能評価スケール)とは
HDS-Rとは精神科医の長谷川和夫氏が開発した簡易知能検査で,認知症の診断に使われる認知機能テストのひとつです.
以前は「HDS(長谷川式簡易知能評価スケール)」と呼ばれておりましたが,1991年に質問内容や採点基準が見直され,「改訂長谷川式簡易知能評価スケール」(HDS-R)に変わりました.
認知機能を評価する方法にはHDS-Rの他にもさまざまな方法が報告されておりますが,本邦ではHDS-RかMMSE(Mini Mental State Examination)が使用されることが多いです.
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HDS-RとMMSEの相違は?
MMSEの場合には検査に図形模写などの動作性のテストが含まれるため,ペンを握ったり字が書けることが前提となります.
HDS-Rは口頭での質問事項で検査ができますので,MMSEに比較して,容易にテストを行うことができます.HDS-RとMMSEでは評価項目にも違いがあります.
MMSEの場合には,「口頭指示」「書字」「図形模写」などの言語機能や空間認知機能を必要とする項目があります.
これらの認知機能の低下は主に脳血管性の認知症などに現れやすい項目ですので,MMSEの点数が極端に低い場合には,脳血管性の認知症が疑われます.
一方でHDS-Rは「記憶力」を中心とした質問形式で構成されていますので,HDS-Rの点数が低い場合には,脳血管性の認知症よりもアルツハイマー型の認知症が疑われます.
またHDS-Rは本邦で使用されることが多いですが,MMSEは世界標準のテストとして普及しているといった点も大きな特徴です.
HDS-Rのカットオフ値は?
HDS-Rは30点満点の認知機能テストですが,20点以下になると認知症の疑いが高いとされております.
また認知症であることが確定している場合には,20点以上の場合には軽度の認知症,11~19点の場合には中等度の認知症,10点以下の場合には高度の認知症と判定します.
HDS-Rは認知症のある人をスクリーニングすることを目的にしたものですので,これだけで認知症かどうかを診断することはできません.最終的な確定診断は専門医によって行われます.
また以下のようなデータも参考になります.
- 非認知症 :24.45±3.60点
- 軽度認知症 :17.85±4.00点
- 中等度認知症 :14.10±2.83点
- やや高度認知症:9.23±4.46点
- 高度認知症 :4.75±2.95点
オリエンテーションとフィードバックにおける注意点
HDS-Rは認知症の検査ですので,被検者からすれば認知症の検査をされるというのは気持ちのいいものではありません.
この検査を行うときにはオリエンテーションの方法が非常に重要です.
「今から認知症の検査をします」などと導入を行いますと,対象者の自尊心を傷つけてしまうことになります.私がオリエンテーションをする際には,「入院をしたり手術で麻酔をすると,考える力が落ちてしまうことがありますので,少し考える力の検査をさせて下さい」といったオリエンテーションを行います.
こうすれば対象者の自尊心を傷つけることなくうまく導入できることが多いです.
またフィードバックを行う際にも注意が必要です.
成績が不良であった場合にもいかに対象者の自尊心を傷つけることなくフィードバックを行うかが重要となります.
さらに検査を行う際によくあるのが,対象者が誤答をした場合や回答できなかった場合に,すぐに回答を教えてあげることが重要だと思います.
回答がわからないまま次の設問に移ると対象者は前の設問の回答が気になって次の質問へ集中できません.
HDS-Rの質問構成と評価実施の際の注意点
(1) 年齢
・年齢はいくつですか
【点数】
・1点 or 0点:本人の年齢が答えられたら正解
【特記事項】
数え年や誕生日を迎えているかで誤差が生まれる可能性があるため,2年までの誤差は正解とみなします.
ちなみに生年月日を回答できても,年齢が回答できなければ不正解とします.
(2) 日付の見当識
・今日は何年ですか
・何月ですか
・何日ですか
・何曜日ですか
【点数】
1点 or 0点:年が答えられたら正解
1点 or 0点:月が答えられたら正解
1点 or 0点:日にちが答えられたら正解
1点 or 0点:曜日が答えられたら正解
【特記事項】
どの順番で質問してもかまいません.
カレンダーなどがない場所で質問することが重要です.
テストとは直接的に関連しませんが,月がわかっていない場合には,季節くらいは認識できているかを確認するとよいです.
(3) 場所の見当識
・私たちが今いるところはどこですか
【点数】
2点:自発的に正答
1点:家ですか?病院ですか?施設ですか?などのヒントを出せば選択して正答
0点:ヒントがあっても誤答または無回答
【特記事項】
場所の名前や住所まで言えなくても「病院にいます」「施設にいます」などと答えられれば正解とみなします.
病院名など正しい名称が言えなくても場所がわかっていれば正解とします.
ヒントに関しては「家ですか?」「デイサービスですか?」など柔軟に変更してもかまいません.
(4) 即時記憶
・これから言う3つの言葉を言ってみてください
1)桜・猫・電車
または
2)梅・犬・自動車
・後でまた聞きますのでよく覚えておいてください
【点数】
1点 or 0点:「桜」と答えたら正解
1点 or 0点:「猫」と答えたら正解
1点 or 0点:「電車」と答えたら正解
【特記事項】
3つの言葉同士に関係性のないものを使用することが条件となります.
後の問いでもう一度聞くことを必ず伝え3つの言葉を覚えてもらいます.
(5) 計算
「100から7を順番に引いてください」と指示します
計算ができたら「それからまた7を引いてください」と指示します
【点数】
1点 or 0点:「93」と答えられたら正解
1点 or 0点:「86」と答えられたら正解
【特記事項】
最初の引き算を間違えたらそこで打ち切ります.
2回目の計算の際には93を記憶しながらそこから7を減算するといった要素が重要となりますので,「93から7を引くと」といったヒントを与えてはいけません.
(6) 逆唱
・「私がこれから言う数字を逆から行ってください」と指示します.
「6-8-2」
「3-5-2-9」
【点数】
1点 or 0点:「2-8-6」と答えられたら正解
1点 or 0点:「9-2-5-3」と答えられたら正解
【特記事項】
数字はゆっくりと1秒間隔くらいのスピードで提示します.
3桁で失敗したらそこで打ち切ります.練習問題を入れてもかまいません.
例えば「1-5」を反対から言うとなどと練習を行うとよいです.
(7) 遅延再生
「先ほど覚えてもらった言葉をもう一度言ってみてください」と問4で覚えてもらった「桜・猫・電車」または「梅・犬・自動車」を答えてもいます.
【点数】
2点 or 1点 or 0点:「桜・梅」と答えられたら2点,ヒントを出して答えられたら1点
2点 or 1点or 0点:「猫・犬」と答えられたら2点,ヒントを出して答えられたら1点
2点 or 1点or 0点:「電車・自動車」と答えられたら2点,ヒントを出して答えられたら1点
【特記事項】
回答がない場合には,ヒントとして植物・動物・乗り物といったキーワードを出します.
(8) 視覚記憶
「これから5つの品物を見せます.後でそれを隠しますので何があったか言ってください」と指示します.5つ物品を提示します.
【点数】
1点 or 0点:5つのうち1つの物品名を思い出せたら正解
1点 or 0点:5つのうち1つの物品名を思い出せたら正解
1点 or 0点:5つのうち1つの物品名を思い出せたら正解
1点 or 0点:5つのうち1つの物品名を思い出せたら正解
1点 or 0点:5つのうち1つの物品名を思い出せたら正解
【特記事項】
時計・消しゴム・鍵など無関係のものを5つ用意し,名前を言いながら目の前に並べます.
並べ終わった1つずつ手に取って「これは?」と聞き,物品を十分に認識できたことを確認してから全て隠します.その後,何があったかを回答してもらいますが,思い出す順番は問いません.
最後の1つが出てこないような場合には,すぐに終わりにするのではなく,なるべく本人に思い出してもらうように少し待つようにします.
(9) 誤想起・流暢性
「知っている野菜の名前をできるだけ多く言ってください」と指示します.
【点数】
0点:0〜5個以内しか答えられない場合
1点:6個を答えられた場合
2点:7個を答えられた場合
3点:8個を答えられた場合
4点:9個を答えられた場合
5点:10個を答えられた場合
【特記事項】
途中で回答につまるような場合には,10秒待って返答がなければそこで打ち切ります.
同じ野菜の名前が重複しても否定せず,そのまま記録用紙に記載て,あとで重複した野菜分を減点します.
すべて回答が終わったあとには,「野菜」に関連した会話を続けるなどすると,嫌な検査をされたといった気分にさせずに済むことが多いです.
その他にも検査実施時の注意点
1.難聴の場合には,テストの前にどのくらい聞き取りが可能かを確認する必要があります.
2.失語症の疑いがある場合には,問8と問9を初めに実施して評価が適応できるか確認するとよいです.
3.質問後に10秒間経過しても返答がない場合には次の検査に進めます.
4.テスト内容を練習内容として使用しないようにしましょう.
5.これらの質問は必ずしも順番通りに聞く必要はないとされております.日常会話の中で,聞きやすいものから聞いてもいいのですが,なかなか難しいのが実情です.しかしながら質問4~7は順番通りに聞く必要があります.
今回は認知機能検査の中でも使用頻度の高いHDS-Rを行う際のコツについてご紹介いたしました.
この検査を行うことで対象者との信頼関係が崩れてしまうこともありますので,検査の内容もですがオリエンテーションやフィードバックの方法を熟考することが重要だと思います.
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