股関節の屈曲可動域は何度でしょうと言われたら,理学療法士であればだれもが日本整形外科学会・日本リハビリテーション学会が定めた基準である屈曲125°と回答されると思います.
われわれはこの屈曲125°に何の違和感も覚えないかもしれませんが,実は股関節の構造上,屈曲125°というのはあり得ない角度なのです.
目次
狭義の股関節運動
股関節の運動は寛骨臼蓋と大腿骨頭の間で生じる運動であり,本来であれば骨盤と大腿骨との間の角度を計測すべきなわけですが,一般的な関節可動域測定では大腿骨と脊椎の間の角度を測定していることになります.
骨盤が固定された状態で股関節を屈曲させていくと臼蓋の前縁と大腿骨頸部が屈曲90°で衝突してしまいます.
この臼蓋前縁の被覆が大きければ屈曲可動域は減少し,臼蓋前縁の被覆が小さければ屈曲可動域は増加しますが,いずれにしても骨盤と大腿骨との間の角度は90°程度にすぎません.
新鮮遺体で股関節屈曲時の骨盤と大腿骨との間の角度を計測した報告でも,股関節屈曲時における骨盤と大腿骨との間の角度は93°と報告されております.
では日本整形外科学会・日本リハビリテーション学会が定めた基準である屈曲125°と本来の骨盤と大腿骨との間の角度90°の差は何なのでしょうか?
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股関節複合体としての股関節屈曲可動域
股関節を屈曲させた際には両側の仙腸関節の運動,対側の股関節伸展,仙骨の後傾,腰椎の後弯が同時に起こります.
実は日本整形外科学会・日本リハビリテーション学会が定めた基準である屈曲125°にはこれらの仙腸関節・対側股関節・腰椎の運動が含まれているのです.
したがってわれわれが臨床上で測定する股関節屈曲可動域は広義の股関節屈曲可動域であり,股関節複合体の可動域であることを考慮する必要があります.
したがってわれわれが股関節屈曲可動域を測定する際には股関節複合体としての仙腸関節・対側股関節・腰椎の運動を含む可動域と,股関節本来の可動域(骨盤と大腿骨との間の角度)を測定すべきです.
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股関節の本来の角度を正しく測定するには
股関節本来の角度(骨盤と大腿骨との間の角度)を測定する際には,腰椎の後彎を減少させた上で,測定を行うことが重要です.
健常例の背臥位姿勢では腰椎が前彎した姿勢をとっておりますので,腰部に隙間が存在します.股関節の屈曲可動域が90°をこえる,つまり骨盤と大腿骨との間の角度が限界をむかえると,仙腸関節・対側股関節・腰椎の運動が出現し,腰椎が後弯していくため,この隙間が消失してしまいます.
股関節本来の角度(骨盤と大腿骨との間の角度)を測定するためには,腰部に丸めたバスタオルを挿入し,腰椎の後彎を防止した上で測定を行うことが重要です.
参考文献
1)吉尾雅春, 他: 新鮮凍結遺体による股関節屈曲角度. 理学療法学 31: 461, 2004
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