人工股関節全置換術例における跛行改善に向けたアプローチ~筋力トレーニングだけじゃ不十分~

人工股関節全置換術
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前回は人工股関節全置換術例における疼痛の特徴についてご紹介いたしました.人工股関節全置換術後には股関節由来の鼠径部痛には改善が得られますが,術前からの代償的な姿勢・動作パターンが改善しないと,二次的な隣接関節(腰部・膝関節)の疼痛が残存しやすいことは前回ご紹介いたしました.術前からの代償的な姿勢・動作パターンの中でも最も改善が難しいのが,Trendelenburg兆候やDuchenne兆候といった術前からの跛行です.今回は人工股関節全置換術例の跛行の改善に向けたアプローチに関して考えてみたいと思います.

目次

人工股関節全置換術例における跛行の原因

人工股関節全置換術例における跛行の原因としては様々な原因が考えられますが,臨床的には人工股関節全置換術後にTrendelenburg兆候が単独で出現することは少なく,Duchenne兆候や逆Trendelenburg兆候が出現する場合が少なくありません.

ここでは出現することの多いTrendelenburg兆候・Duchenne兆候・逆Trendelenburg兆候(人工股関節全置換術後にはTrendeenburg兆候が単独で出現することは少ないですが…)に関してその原因を考えてみたいと思います.

①股関節外転筋力低下

股関節外転筋力低下とTrendelenburg兆候との関連は古くから多くの報告がありますが,支持側の股関節外転筋力低下があると骨盤が反対側へ傾斜(Trendelenburg兆候)してしまいますので,立脚初期のタイミングで骨盤が対側へ傾斜していしまわないように代償的に体幹を術側へ傾斜させる反応が出現します.体幹を術側へ傾斜させる回転モーメントが大きくなると股関節外転筋力の筋力低下があっても骨盤を術側へ傾斜させることができます(逆Trendelenburn兆候).まずは最低限の条件として股関節外転筋力を向上させる必要があるでしょう(少なくともMMTでGood levelには持っていきたいところです).

②股関節外転筋群の質的な機能低下

2000年代以降の報告を見ると,股関節外転筋力が保たれていてもTrendelenburg兆候やDuchenne兆候が出現する症例が多く存在するといった報告が増えております.これは筋力が正常であっても立脚初期のタイミングで中殿筋が機能しないことが原因と考えられております.筋力測定というのは開放性運動連鎖で測定が行われることが多いわけですが,歩行時には閉鎖性運動連鎖(荷重位)で筋が活動する必要があります.このような活動様式の相違によってMMTでは筋力がNormalであってもTrendelenburg兆候が出現すると言われております.また速筋線維の機能低下や遠心性収縮能力の低下も跛行の原因になると報告されております.股関節外転筋力がMMTでGood levelにも関わらず骨盤水平位が保持できずTrendelenburg兆候が出現する場合には,荷重位で筋の収縮様式を考慮した上でトレーニングを行う必要があると思います.

例えば上のような運動も有効です.

このような肢位で遠心性収縮能力を強化することも有効です.

③股関節内転可動域制限

股関節内転可動域制限があると骨盤を側方へ移動させることによって術側下肢へ重心を移動することができません.そのため体幹を術側へ傾斜させるようにして術側へ重心を移動せざるを得なくなります.

術側股関節可動域制限を有する症例においてはDuchenne跛行が出現することが多いので,Duchenne兆候を改善するためには,人工股関節全置換術後には股関節内転可動域の拡大を図りながら,Pelvic strategyによる重心移動を獲得することが重要となります.また内転位で股関節外転筋力が活動しにくい症例の場合には,内転位で外転筋力トレーニングを行うことも重要です.

④体幹機能低下

Duchenne兆候に関しては股関節の機能低下だけで生じるものではなく,体幹の機能(体幹伸張位で荷重が可能か)も重要となります.変形性股関節症例においては元々,股関節内転モーメントを軽減するために,体幹を罹患側へ傾斜させ,臼蓋被覆を増加させるような歩行パターンを呈していることが少なくありません.こういった歩容を何年も続けていると体幹を荷重位で伸張する能力が低下してしまい,荷重位で体幹が短縮位でしか支持できなくなってしまいます.

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体幹機能が低下しているかどうかを判断するには坐位でリーチ動作を行ってみるのが有用です.坐位で術側へリーチを行った場合に,体幹の立ち直りが出現しない場合には,股関節機能だけでなく体幹機能の低下によってDuchenne跛行が出現している可能性が考えられますので,こういった場合には体幹機能にアプローチする必要があります.具体的には坐位でのリーチ動作を繰り返すことや体幹伸張位での骨盤下制運動・肩甲帯挙上運動などが有効です.

⑤足部機能低下

足部の機能が低下している場合にもDuchenne跛行が出現する可能性があります.継続的に足部を回内するようなパターンで荷重を継続している場合には,足部外側への荷重が困難となり,Duchenne跛行が出現することとなります.また足部外側へ荷重が逃げるようなパターンを呈する症例ではTrendelenburg兆候が出現しやすくなります.

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足部機能が跛行にどのような影響を及ぼしているかを明らかにするためには,上図のように膝立ちでの重心移動能力を評価する方法が有効です.この肢位で術側へ荷重が行えている場合には,足部の機能低下によって重心移動が制限されていると考えられます.

足部機能低下に対するアプローチとしては足底への荷重位置を変化させるアプローチ(足部内外側で木製板等を踏ませる)が有用です.Trendelenburg兆候が出現している症例に関しては,足部内側へ荷重を誘導すると骨盤の術側傾斜を促すことが可能ですし,Duchenne兆候が出現する症例においては足部外側荷重を誘導すると骨盤の対側傾斜を促すことが可能です.

今回は人工股関節全置換術例の跛行に関して考えてみました.まずは跛行の原因を考えた上で,一つ一つ原因になっている要因に対してアプローチすることが重要です.当然ながら原因が複数の場合も少なくありませんので,外転筋力トレーニングをひたすら行うということではなかなか跛行に改善は得られません.一つ一つ原因を排除できるようにアプローチしていくことが重要です.

 

参考文献
1)対馬栄輝, 他: 股関節手術患者における股外転筋活動量と跛行との関係について. 理学療法学 20: 360-366, 1993
2)福井浩之, 他: 人工股関節全置換術施行患者の片脚立位における水平動揺性と疼痛・股関節外転筋力の関係. Hip Joint 39: 238-241, 2013
3)神谷晃央, 竹井仁, 他: 全人工股関節置換術前の逆トレンデレンブルク歩行の有無による前額面における歩行時姿勢や運動機能と回復過程の差異. 日本保健科学学会誌 15: 219-230, 2013
4)寺田勝彦, 武田芳夫, 他: 人工股関節置換術後の股関節外転筋・内転筋機能とトレンデレンブルグ徴候との関係について. 理学療法学 25: 362-367, 1998
5)熊谷匡晃: 股関節内転制限および外転筋力がデュシャンヌ跛行に及ぼす影響について. 理学療法ジャーナル 49: 87-91, 2015

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