目次
はじめに
歩くという動作は私たちが生活するうえで非常に重要な動作です.
しかし平地では歩行できても普通に生活することは難しく,傾斜や坂道も歩行する必要があります.
勾配歩行は転倒の危険性や,関節への負担が大きいなど,平地歩行とは異なる要素があり,歩行の指導を行う際は勾}咄歩行についても理解する必要があります.
今回は勾配歩行を運動学・連動力学的側面から考えてみたいと思います.
勾配を歩く時の速さ
まず歩行の基本的な要素である歩行速度,歩幅,歩行率について考えてみたいと思います.
当然ながら歩行速度については,上り・下り勾配歩行どちらでも勾配角度が大きくなると遅くなります.
歩行速度は歩’幅と歩行率で決定されますが,興味深いことに上り勾配と下り勾配では歩行速度が遅くなる要因が異ります.
上り勾’咄歩行では,勾配角度が大きくなると歩行率が小さくなり,下り勾配歩行では歩幅が小さくなることにより速度が低下します.
また歩行周期における立脚相の占める割合は勾配にはあまり影響されず,平地歩行と変わらずおおよそ60%で一定となります.
床反力・関節角度の違い
上り勾配歩行では後下方への力に抵抗しながら歩行しなくてはならないため,立脚後期に蹴り出す力が強く,逆に下り勾配歩行では前下方への力による踵接地時の衝撃が大きいといった特徴があります.
勾配歩行では遊脚後期から立脚初期の股関節屈曲角度が異なり,上り勾配歩行では平地歩行よりも,股関節大きく屈曲する必要があります.
膝関節は1歩行周期に屈伸を2回繰り返しますが,上り・下り勾配歩行どちらでも踵接地直後の膝屈曲が大きくなります.
上り勾配歩行では重心を前方へ移動させるため,下り勾配歩行では衝撃に対する緩衝動作のために膝関節屈曲角度が大きくなると考えられております.
また足部の斜面に対するクリアランスを向上させるために,上り勾配歩行では遊脚後期に,下り勾配歩行では遊脚前期に膝関節屈曲角度が大きくなります.
特に下り勾配歩行では,平地歩行よりもより大きい屈曲角度が必要となります.
足関節も膝関節と同様にクリアランスを大きくするために,上り勾配歩行では遊脚後期に背屈角度が大きくなり,下り勾配歩行では遊脚前期に底屈角度が小さくなります.
このような膝と足関節の動きが阻害されてうまく行えないと,転倒の危険性が高くなります.
また体幹は上り勾配歩行では前傾,下り勾配歩行では後傾するのが一般的です.
筋活動の違い
大殿筋は上り勾配歩行では,立脚前期に筋活動が大きくなりますが,下り勾配では平地歩行とほぼ同じ程度しか活動しません.
上り勾配歩行では重心を前上方へ持ち上げるために股関節伸展モーメントが必要であり,そのため立脚初期の大殿筋の活動が増加するわけです.
内側広筋は,上り勾配でも下り勾配歩行でも活動は大きくなり,活動時間も延長します.
下り勾配歩行では睡接地時の衝撃を吸収するために,大腿四頭筋は遠心性収縮を強いられます.
そのため特に立脚前期に活動が大きくなります.
半腱様筋は上り勾配歩行では遊脚後期から立脚前期にかけて活動が大きくなり,下り勾配歩行では立脚後後期から遊脚前期にかけて活動が大きくなります.
しかし下り勾配歩行では勾配角度が大きくなると,立脚期におけるハムストリングの活動は増加するとされております.
上りと下り勾配のどちらでもclosed kinetic chainにより膝安定性に寄与するとされます.
下腿三頭筋は上り勾配歩行では立脚後期の活動が大きくなり,下り勾配歩行では活動が小さくなり,かつピークが立脚前期へ移動します.
上り勾配歩行では,重心を前上方へ移動する推進力が必要となるため活動が大きくなりますが,下り勾配歩行では前下方への力を抑制するために立脚前期に活動するようになります.
まとめると上り勾配歩行では,大殿筋,内側広筋,半腱様筋,下腿三頭筋などの筋沽動が大きくなりますが,下り勾配歩行では膝周囲の筋だけ涌動が大きくなるという特徴があります.
上り勾配歩行はつらいか?
上り勾配歩行では重力による後下方への力に抵抗しながらの歩行であるため,立脚後期に蹴り出す力が大きくなります.
この力を生み出すために下肢筋の筋活動が大きくなり,そのため酸素消費量も増え,心肺機能への負担も大きくなります.
したがって上り勾配歩行はつらい歩行ということができます.
一方,下り勾配歩行では重力による前下方への力を利用しながら歩行するために,膝周囲筋以外は筋活動が小さくなります.
そのため酸素消費量も少なく,心肺への負担も軽い歩行といえます.
下り勾配歩行は本当に楽か?
ここで下り勾配歩行が本当に楽な歩行か考えてみたいと思います.
まず下り勾配歩行の関節モーメントをみてみると,平地歩行では,股関節は立脚初期に伸展モーメントを発生し,身体が落下するのを防ぎます.
膝関節は膝折れを防ぐため立脚前期に伸展モーメントを発生し,その後は屈曲モーメントを発生します.
足関節は立脚初期には底屈をコントロールするために背屈モーメントを生じ,その後は身体を推進するために底屈モーメントを発生します.
平地歩行に比べ下り勾配歩行では,股関節は屈曲モーメントが大きくなります.
これは前下方への力に対して身体を後方へ制動するために生じます.
また膝関節では特に立脚初期に伸展モーメントが大きくなっていますが,これは,踵接地時の衝撃を緩衝するためです.
足関節は推進力が小さくてすむため,底屈モーメントが小さくなります.
このように下り勾配歩行では股関節屈曲モーメントと膝関節伸筋モーメントが大きくなります.
また臨床的に膝関節疾患がある人は下り勾配歩行時に瘤痛を訴えることが多いが,これは踵接地時の衝撃が大きいためと考えられます.
また上り勾配歩行のthrust運動は平地歩行とさほど変わらず,下り勾配歩行で大きいことがわかります.
変形性膝関節症では膝関節のthrust,運動は大きくなるとされ,臨床上注意が必要です.
下り勾配歩行は位置エネルギーを利用しながら歩くため,推進力としての筋椚動は減少し,心肺機能への負担も軽いわけですが,膝関節への負担が大きく,そのため疼痛を誘発しやすいと考えられます.
その負担を軽減するように膝周囲筋の活動が著明となりますので,やはり下り勾配歩行もつらい歩行といえると思います.
今回は勾配歩行を運動学・連動力学的側面から考えてみました.
上り坂がきつくて下り坂が楽といった簡単なものではないということですね.
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