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地域在住高齢者の膝痛と社会経済状況との関連について
一昨年まで行われた日本理学療法士学会が,今年度から完全に分科会学会単独での開催となりました.
平成30年12月8-9日に神奈川県(パシフィコ横浜)で第5回日本地域理学療法学会学術大会が開催されました.
今回はこの第5回日本地域理学療法学会学術大会の一般演題の中から地域在住高齢者の膝痛と社会経済状況との関連について検討した研究をご紹介いたします.
膝痛と社会経済状況との関連 貧乏人は膝痛を発症しやすい?
変形性膝関節症は痛みを主症状とする高齢期における慢性疾患の一つであり,フレイルや要介護状態,死亡の危険因子として知られております.
また膝関節痛に限ったことではありませんが,疼痛は生活の質の低下をもたらす大きな要因であるため,公衆衛生学上重要な課題でもあります.
近年,社会経済状況(Socioeconomic status; SES)による健康格差が我が国においても報告されております.
傾向状態と社会経済状況って別物であると考えがちですが,実はビッグデータを用いた研究によると,社会経済状況が不良な者ほど不健康な者が多いことが明らかにされております.
この手の研究は脳梗塞や心筋梗塞などのいわゆる生活習慣病を起因とする疾病に関しての報告が多かったのですが,
しかし膝痛と社会経済状況の関連を検証した疫学研究は世界的に見ても少ないのが現状です.
このような背景の中,この研究では様々なSES指標を用いて,SES が地域在住高齢者の膝痛と関連するかどうかを検証しております.
研究の方法
この研究は,日本老年学的評価研究 (JAGES) プロジェクトによる自記式郵送アンケート調査データを用いた横断研究となっております.
全国30 市町村の要介護認定を受けていない 65 歳以上の地域在住高齢者26,037 名を分析対象としております(返答率 67.2%; 平均年齢 74.0 歳).
調査は2013年10月-12月の期間に実施されております.
膝痛とSESの関連検証にはポアソン回帰分析が用いられております.
従属変数は自己申告による過去1年間における膝痛の有無となっております.
独立変数は,学歴・過去の職業・等価所得・主観的経済状況・資産の5つとし,それぞれ 5 種類の独立したモデルにて分析しております.
なお基準カテゴリーは学歴 13年以上,専門職,等価所得 300 万円以上,主観的経済状況“とてもゆとりがある”,資産 500 万円以上となっております.
調整変数は性別・年齢・同居人数・婚姻状態・学歴・抑うつ状態・Body Mass Index (BMI)・筋骨格系疾患の有無・市町村となっております.
研究の結果
膝痛有訴率は56.0%となっております.
多変量回帰モデルにて,学歴・過去の職業・等価所得・主観的経済状況・資産ともに SES の低い個人ほど膝痛を有意に有しているといった結果でありました.
有訴リスク比 (95% 信頼区間)は学歴 10 年未満:1.13 (1.08–1.19),肉体労働職:1.07 (1.02–1.13),等価所得 100 万円未満:1.15 (1.09–1.22),主観的経済状況“苦しい”:1.25 (1.15–1.37),資産 100 万円未満:1.14 (1.06–1.22)となっております.
この研究から考えられること
われわれ理学療法士・作業療法士が膝痛の原因を考える際には膝関節内反モーメントとかLatera thrustによる動的安定性とかそういったことをまず考えますが,この研究から考えると,高齢者においては,膝痛に社会経済状況による格差が認められるということです.
つまり疼痛の原因を考える際には疾患だけではなく,経済的な状況も含めて包括的にクライアントを評価する必要があるということだと思います.
この研究は疫学研究ですのでなぜ経済的に貧困を抱える方に膝痛が生じやすいのかは明らかにされておりませんが,一つは肉体労働が多いという点,経済面で医療的なケアを十分に受けていない点等が考えられます.
経済状況というのはわれわれ理学療法士・作業療法士の介入でどうこうできるものではありませんが,経済状況が膝痛を引き起こす一因であることは認識しておく必要がありますね.
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