物理療法は,温熱,電気,電磁波などの物理的エネルギーを人体へ適用し,炎症や疼痛の緩和,末梢循環の改善,軟部組織の伸張性向上,リラクセーションなど多彩な目的で実施されます.
物理療法は運動療法と比較しても既に多くのエビデンスが報告されており,科学的基盤は確固たるものとなっておりますが,一方で臨床では物理療法を積極的に実施する理学療法士は少ないといった現状もあります.
今回は筋力強化,疲労耐性向上にスポットをあてて,物理療法の効果について理学療法士の視点で考えてみたいと思います.
目次
物理療法を使った高齢者に対する筋力強化
理学療法士が,筋力増強や筋量増大を目的として筋力トレーニングを実施する機会は少なくないと思いますが,筋力トレーニングをはじめとする運動療法に加えて,神経筋電気刺激や温熱刺激といった物理療法を併行して実施すると,筋力増強・筋量増大効果が高くなることが明らかにされております.
近年,高齢者のリハビリテーション領域ではサルコペニアという概念が注目されておりますが,サルコペニアとは骨格筋量が減少していることを指します.
サルコペニアの定義については最近の論文で定義が一新しておりますので,気になる方は前回ご紹介いたしました記事をご覧いただければと思います.
サルコペニアの予防および改善を図る上では,筋力トレーニングが重要となります.
しかしながら,筋力を増強させるためには,最大筋力(MVC)の60~80%程度の高負荷を加える必要があり,既にサルコペニアや体力低下を呈している高齢者では十分な筋力増強練習を実施できない場合も少なくありません.
このような場合に,神経筋電気刺激(NMES)や温熱刺激を活用することで,筋力を効果的かつ効率的に増強させられる可能性があります.
神経筋電気刺激は前十字靱帯再建術後の理学療法に20分間のNMESを併用することで,術後4週での下肢筋の筋萎縮や筋力低下の有意な抑制と術後3カ月での筋力回復率の有意な向上を報告しており,高齢者の下肢筋に対して60分間の神経筋電気刺激を実施することで,筋蛋白合成が惹起されることが明らかにされております.
すごく単純ではありますが,電気刺激を行うことで筋力増強効果が十分に認められるわけです.
温熱刺激についても既に多くの筋力増強効果が明らかにされており,週4回の頻度で10週間継続される低負荷運動(概ね50%MVC未満)に60分間の温熱刺激(蒸気温熱シート)を併用することで,筋力増強や筋肥大の効果をより高められたと報告されております.
温熱刺激についてはなぜ筋力増強効果が得られるのか不思議に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが,温熱刺激によって誘導される熱ショック蛋白質の分子シャペロン機能の関与が考えられております.
これらの報告は神経筋電気刺激や温熱刺激が筋力増強や筋量増大に有効である可能性を示唆しており,サルコペニアに対しても有効である可能性があります.
疲労耐性向上に対する温熱療法の可能性
また温熱刺激に関しては,筋力や筋量を増加させることにとどまらず,疲労耐性を向上させる効果も明らかにされております.
運動前に20分間の温熱刺激(ホットパック)を筋に対して加えることで筋疲労耐性が向上することを,筋電図学的観点から明らかにされており,運動前の40分間の全身性の温熱刺激(遠赤外線照射)によって,その後の酸素運動中に疲労物質である血中乳酸濃度の上昇が抑えられたといった報告もあります.
温熱刺激によってなぜ疲労耐性が向上するのかといった話しですが,運動前の温熱刺激によって誘導される熱ショック蛋白質の細胞保護機能や筋血流量増加に伴う乳酸代謝促進などの関与などが考えられております.
特にホットパックによる温熱刺激というのは実施も簡易でありますので,筋力増強練習や有酸素運動の実施前に局所または全身へ温熱刺激を負荷するのは非常に有効だと考えられます.
高齢者に対する物理療法の留意点
ここまで神経筋電気刺激と温熱刺激による筋力および筋量の増大効果をご紹介いたしましたが,高齢者に物理療法を適用する場合,加齢や疾病に起因した生理機能低下の影響に注意する必要があります.
中でも特に注意が必要なのは温熱療法です.
温熱療法に当たっては,まずシャント反応に伴う腎機能への影響を考慮する必要があります.
シャント反応は,温熱刺激が加えられた部位の損傷(熱傷)を回避するために,他の部位の血流を抑えることで温熱刺激を受けた部位の血流量を増大させる機構を指します.
特に全身性の温熱負荷時には腎血流量が抑制されるため,腎不全を有する高齢者では老廃物の排泄が妨げられて電解質異常やアシドーシスを招く危険があります.
したがって腎不全合併例については,温熱療法を実施する前に必ず主治医に相談をすべきです.
基本的には物理療法も医師の指示の下に行われるわけですが,物理療法が包括指示になっているような場合には細心の注意が必要です.
さらに温熱療法を実施する場合には,発汗機能および皮唐感覚の変化にも注意が必要です.
特に65歳以上の高齢者は,エクリン腺での温熱性発汗に伴う発汗室が低下するだけでなく,温度変化に対する皮膚の感度も低下していることが多いので,1.0~5.0℃の温度差となって初めて弁別可能となります.
したがって,高齢者へ温熱療法を実施する際には,うつ熱や熱傷のリスクが増大していることを常に念頭におく必要があります.
今回は筋力強化,疲労耐性向上にスポットをあてて,物理療法の効果について理学療法士の視点で考えてみました.
自省も含めてですが,もう少し理学療法士も物理療法を活用すべきですね.
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