ストレッチングは理学療法士や作業療法士が運動療法の中で実施することの多い治療技術の1つです.
ストレッチングといえば伸張運動といった日本語訳があてられるのが一般的だと思いますが,実はストレッチングによって筋肉が伸張されていないのではないかといった議論があるのを皆様はご存知でしょうか?
今回は最近の基礎研究も概観しながらストレッチングについて考えてみたいと思います.
目次
静的ストレッチングによって筋肉は伸びない?
ストレッチングが筋腱複合体全体の受動的トルクやスティフネスに与える即時的影響に関しては,1990年代後半から2000年代前半にかけて数多く報告されています.
受動的トルクというのは他動的に関節を動かすのに必要な力,スティフネスというのは筋の硬さを反映する指標です.
1990年代後半から2000年代前半に行われた多くの研究で,静的ストレッチングを行っても即時的には受動的トルクやスティフネスに変化がないといった報告が多く散見され,ストレッチによって関節可動域が拡大するのはスティフネスが軽減され,受動的トルクが減少する,すなわち筋肉が伸びたことによるものではないといったストレッチングの筋伸張効果に関して否定的な論文が多く報告されました.
それでは筋の伸張性が改善していないにもかかわらずなぜ関節可動域が拡大するのではないかといった話になりますが,伸張刺激や疼痛に対する感覚に慣れることで関節可動域が増加するのではないかと結論づけられております.
これらの研究ではストレッチングによって筋肉は伸びないといったことを示唆するものであり,ストレッチングといえば筋肉を伸張するための運動療法だといった概念が当たり前となっていたわれわれにとっては衝撃的な研究結果でした.
静的ストレッチングが筋肉は伸びる?
一方で,2010年以降に報告された論文では,静的ストレッチングによって受動的トルクやスティフネスに変化があり,ストレッチングによる筋伸張効果を肯定する論文が多く見受けられます.
これらの研究の多くは下腿三頭筋を被検筋として調査を行ったものが多く,数秒~数分の静的ストレッチングによって受動的トルクおよびスティフネスが低下すると結論付けられております.
1990年代後半から2000年代前半に行われた研究と,2010年以降に行われた研究とでは,測定機器の精度そのものが異なるわけですが,静的ストレッチングが即時的に受動的トルクやスティフネスを減少させる,すなわちストレッチングによって筋の柔軟性が増加しているかどうかについては統一された見解が得られていないという状況なわけです.
近年の即時的効果について詳細に検討した報告によると筋腱複合体のスティフネスには介入前後で変化は見られているものの,筋束長には有意な変化は見られておらず,ストレッチングによる柔軟性の向上はわれわれが想像する筋線維の長さが変化するといったようなものではないようです.
ストレッチングの持続時間について
ストレッチングの持続時間によっても筋腱複合体のスティフネスの改善の程度が異なることが明らかにされております.
下腿三頭筋を被検筋とした研究では,2分以上のストレッチングで筋腱複合体の柔軟性が改善されることが明らかにされております.
2分というとどうでしょうか?
非常に長く持続しないと効果がないのだなといった印象を受けると思います.
また下腿三頭筋で2分ですから,ハムストリングスのような大きい筋ではさらに長い伸張時間が必要になることが推測されます.
継続的な効果は?
継続効果についても検討がなされておりまして,2分間の静的ストレッチングを4週間継続的に行うことで,筋腱複合体のスティフネスや受動的トルクが減少することが明らかにされております.
継続的な効果を検討した報告でも,筋束長については有意な改善は認められておらず,筋線維自体の長さが増加したのではなく,筋線維の周囲を取り囲む結合組織の柔軟性が増加した可能性が示唆されております.
今回はストレッチングによって筋肉が伸びるのかどうかについて考えてみました.
クライアントへの説明としては筋肉を伸ばすためにストレッチングを行っているんですよといった説明がわかりやすいと思いますが,専門職としては筋束長でなく,筋線維の周囲組織の柔軟性が改善しているといった認識が必要ですね.
参考文献
1)Halbertsma JP, et al :Sport stretching effect on passive muscle stiffness of short hamstrings. Arch PhysMedRehabil77: 688-692,1996
2)Nakamura M, et al : Acute and prolonged effect of static stretching on the passive stiffness of the human gastrocnemius muscle tendon unit in vivo. J Orthop Res29: 1759-1763, 2011
3)Nakamura M, et al : Time course of changes in passive properties of the gastrocnemius muscle tendon unit during 5min of static stretching. ManTher18: 211-215, 2013
4)Nakamura M, et al: Effects of a 4-week static stretch training program on passive stiffness of human gastrocnemius muscle tendon unit in vivo. Eur J Appl Physiol112: 2749-2755, 2012
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