理学療法士が高齢者を対象にして理学療法を行う場合に,変形性膝関節症を合併した症例を担当したことのない理学療法士というのは皆無に等しいと思います.変形性膝関節症が主病名で無くとも,変形性膝関節症を合併されている方は非常に多く,主疾患よりも変形性膝関節症に伴う機能障害によって動作獲得が制限されるといった場合も少なくないと思います.今回は本邦における変形性膝関節症の疫学的データをお示ししながら,変形性膝関節症がどのくらい多いのか考えてみたいと思います.
目次
変形性膝関節症の疫学
変形性膝関節症の有病率を明らかにした研究としてはROAD studyが有名です.このROAD studyでは3040名(男性1061名・女性1979名)を対象として,膝関節のX線写真を読影し,Kellgren-Lawrence(KL)分類で2度以上を変形性関節症ありとした場合の変形性膝関節症の有病率が検討されております.このデータによると40歳以上の変形性膝関節症の有病率は全体で男性42.6%、女性62.4%であったとされております.
上のグラフは性・年齢別の変形性膝関節症の有病率の分布ですが,変形性膝関節症の有病率は年齢とともに高くなり,性別にみると女性に多いことが明らかにされております.この有病率を平成17年度の年齢別人口構成に当てはめて,本邦における変形性膝関節症の有病者数(40歳以上)を推定すると,X線で診断される変形性膝関節症の有病者数は2530万人(男性860万人・女性1670万人)にものぼります.本邦の人口を考えますと約4~5分の1もの方が変形性膝関節症ということになります.
有病率と有症率
変形性膝関節症に限らずX線における重症度と疼痛が一致しないということが様々な研究で明らかにされておりまして,画像上変形が高度であっても無症状な症例や,変形は軽度にもかかわらず疼痛が強い症例も少なくありません.先ほどご紹介したデータは無症状であるものを含む推計になりますが,実際にはX線で変形性膝関節症と診断される方のうち男性で1/4,女性で1/3が疼痛を伴うとされておりまして,この結果から考えますと変形性膝関節症の有症状者有病者数は約800万人程度だと考えられます.800万人というと多いのか少ないのかイメージがつきにくいかもしれませんが,40歳以上の10~20%程度の方は変形性膝関節症による膝痛で困っているといった計算になりますので,われわれ理学療法士が変形性膝関節症を合併する対象者に遭遇する機会が多いのも納得できます.
変形性膝関節症に関連する要因(肥満と変形性膝関節症の関連)
ROAD studyによると変形性膝関節症に関連する要因としては体格(肥満),過去の職業における活動,加えて摂取栄養素が変形性膝関節症に関連して切ることが明らかにされております.これらの結果はいずれも多変量解析と呼ばれる手法によって明らかにされた結果ですが,性別・年齢・居住地域・飲酒・喫煙といった他の様々な要因を考慮しても,体格(肥満)が変形性膝関節症と関連していることが明らかにされているのです.体重が多いと膝関節にかかる力学的負荷が大きくなるので,変形性膝関節症が進行しやすいといった話は理解しやすいと思いますが,実は近年こういった力学的な発症機序のみならず,レプチンというホルモンを介した変形性膝関節症の発症機序も明らかにされております.レプチンというホルモンは脂肪組織の細胞に存在し食欲を抑制するエネルギー消費量を増加させる働きがあるのですが,肥満者ではこのレプチン値が低値になることが明らかにされております.またこのレプチンの働きが弱まると,軟骨細胞の破壊が亢進し,一層変形性膝関節症が進行してしまうということになります.
極める変形性膝関節症の理学療法 保存的および術後理学療法の評価とそのアプローチ (臨床思考を踏まえる理学療法プラクティス) [ 斉藤秀之 ]
変形性膝関節症に関連する要因(職業と変形性膝関節症の関連)
また職業における動作との関連では,過去に最も長く就労した職業において最も多かった動作(座る・立つ・ひざまずく・膝のまげのばし(スクワット)・歩く・坂道を上る・重いものを持ち上げる)の頻度と変形性膝関節症との関連も明らかにされており,座ることの多い仕事は変形性膝関節症発症と有意な負の相関があることが明らかにされております.さらに立つ・歩く・坂道を上る・重いものを持ち上げるなどの動作が変形性膝関節症に関連していることも明らかにされております.
変形性膝関節症に関連する要因(栄養と変形性膝関節症の関連)
近年リハビリテーション分野においては栄養についても重要視されておりますが,栄養と変形性膝関節症との関連も明らかにされており,1日当たりのビタミンKの摂取量が高い方が変形性膝関節症の発症が少ないということが報告されております.
今回は本邦における変形性膝関節症の疫学についてご紹介いたしました.臨床上も,「この人も変形性膝関節症を合併しているのか」と感じるほど変形性膝関節症例を診る機会は多いですが,データを見ても変形性膝関節症例を担当する機会が多いのも納得できます.これだけ多い変形性膝関節症ですが末期の関節症に対しては理学療法では手も足も出ないといった場合も少なくないと思います.やはり重要なのは予防・早期発見・早期介入でしょうか.
山田英司変形性膝関節症に対する保存的治療戦略 (理学療法士列伝ーEBMの確立に向けて) [ 山田英司 ]
参考文献
1)Yoshimura N, et al: Prevalence of knee osteoarthritis, lumbar spondylosis and osteoporosis in Japanese men and women: The Research on Osteoarthritis/osteoporosis Against Disability(ROAD).J Bone Miner Metab27: 620-628, 2009
2)Yoshimura N, et al: Cohort Profile: Research on Osteoarthritis/osteoporosis Against Disability(ROAD)Study. Int J Epidemiol 39: 988-995, 2010
3)Muraki S, et al: Prevalence of radiographic knee osteoarthritis and its association with knee pain in the elderly of Japanese population based cohorts: the ROAD study. Osteoarthritis and Cartilage17: 1137-1143, 2009
4)Muraki S, et al: Association of occupational activity with radiographic knee osteoarthritis and lumbar spondylosis in the elderly of population based cohorts: the ROAD study. Arthritis Care&Research 61: 779-786, 2009
5)Oka H, et al: Low dietary vitamin K intake is associated with radiographic knee osteoarthritis in the Japanese elderly : Dietary survey in a population-based cohort of the ROAD study. J Orthopaedic Science14: 687-692, 2009
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