目次
人工股関節全置換術(THA)後の脱臼~本質が理解できてないから制限が厳しくなる~脱臼肢位・禁忌肢位について文献から考える
前回までは変形性股関節症例の理学療法について紹介させていただきました.
今回からは人工股関節全置換術(Total Hip Arthroplasty; THA)例に対する理学療法について考えてみたいと思います.
人工股関節全置換術後の合併症として脱臼が挙げられますが,特に理学療法士教育においてはこの脱臼肢位に関して,過剰な指導が行われてきました.
脱臼に関する過剰な指導は患者様のADLやQOLを低下させ,昨今においては「脱臼不安感」といった概念まで提唱される状況です.
今回は理学療法士の脱臼に関する認識を少しでも変えるべく,人工股関節全置換術後の脱臼について考えてみたい思います.
人工股関節全置換術後の脱臼の頻度
変形性股関節症の治療ガイドラインによると,THA術後脱臼の頻度は初回THAで1〜5%,再置換術で5〜15%と報告がなされています.
脱臼率については初回THAに対して再置換術,年齢(高齢),男性で脱臼率が高率になるとの報告されておりますが,これを見るとけっこうな割合で脱臼するのだなとも思えますが,これらのデータは2000年前後の非常に古いデータが元になったものです.
2010年以降のここ最近のデータを見ますと実に脱臼の発生頻度は1%を下回っております(もちろん病院によって術式が異なりますが,後方アプローチでも1%以下のところが多いです).
これは手術の変化によるところが多いわけですが,摺動面の変化,外旋筋群修復,ツインリップライナーの使用,デュアルモビリティの導入,関節包を含む後方軟部組織修復等の様々な脱臼予防に関する手技が使用されるようになったことに起因するものだと思います.
人工股関節全置換術後の脱臼肢位
基本的には以下のような肢位が脱臼肢位となりますが,ここで重要なのはあくまでも禁忌肢位は複合動作であるといった点です.
単一方向の運動で脱臼が起こるような症例というのは稀です(易脱臼性が高い症例を除いてですが…).
後方アプローチ :股関節屈曲・内転・内旋
前方アプローチ(側方アプローチ):股関節伸展・内転・外旋
一般的には前方アプローチよりも後方アプローチで脱臼の頻度は高くなるとされておりますが,これは日常生活を考えた時に圧倒的に股関節屈曲を伴う動作が多いためであると考えられております.
一方で高齢者になるとそもそも股関節が0°以上伸展する機会が少ないため,前方アプローチでは脱臼の頻度が少ないものと考えられます.
人工股関節全置換術後の脱臼に関してイメージがつきにくい方は以下の動画がお勧めです.
この動画をみれば複合動作が脱臼の原因であることを理解いただけると思います.
人工股関節全置換術後の脱臼に影響を与える要因
人工股関節全置換術後の脱臼に影響を与える要因といえばどういった要因が思いつきますか?
看護師や理学療法士・作業療法士の日常生活指導が重要だと考える方もいらっしゃるかもしれませんが,実は脱臼が起こるかどうかというのは8割以上が術中要因によって決まっていると言っても過言ではありません.
術後にどんな指導をしようが脱臼する人はしますし,脱臼しない人はしないのです.
オフセット長
オフセット長が長いと殿筋群の張力が高くなり骨頭の求心力(骨頭を臼蓋に押さえつける力)が強くなり,脱臼しにくくなります.
大腿骨頭径
骨頭径が大きいほど可動範囲が大きくなり,脱臼しにくくなります.
それでは脱臼を防止するためには骨頭径は小さくしなければいいではないかと考えられると思いますが,骨頭径を小さくするとライナーを厚くすることができますので,耐用年数を長くすることができます.
骨頭径を大きくすると脱臼の発生率は低くなりますが,耐用年数は短くなってしまうということです.
したがって骨頭径を決定する際には対象者の年齢を考慮する必要があると考えられます.
臼蓋の前方開角・外方開角
脱臼を考える上では設置するカップの前方への傾きや外側への傾きの角度も考慮する必要があります.
前方開角が大きすぎると前方脱臼しやすくなりますし,小さすぎると後方脱臼が起こりやすくなります.
人工股関節全置換術後の脱臼肢位に関する指導
皆さんは人工股関節全置換術後の症例にどのように脱臼肢位に関する指導をされていますか?
脱臼に関連する要因には前述した通り様々な術中要因が考えられますので,これらの術中要因を考慮した上で指導を行う必要があります.
つまり易脱臼性が高く厳しく指導をしないといけないのか,通常の指導を行えば問題ないのかを判断する必要があります.
また指導に当たっては不安が強い方か,楽観的な方かといった対象者の性格も考慮する必要があるでしょう.
最近の脱臼肢位に対する日常生活指導に関する研究報告によると,人工股関節全置換術後の日常生活の厳しい制限は脱臼率と関連しないことが明らかにされております.
この論文では制限群(n=528),非制限群(n=594)に分類して脱臼率を比較しておりますが,研究(Meta-analysis)によると,制限群では8件の脱臼(1.5%),非制限群では6件の脱臼(1.0%)が認められたと報告されております.
動作制限を厳しくしてもしなくても,脱臼率に差は無く大まかな制限の方が日常生活動作能力の回復および患者満足度が高いことが明らかになったのです.
また最近は脱臼不安感の高い患者が,QOLも低いことが明らかにされております.
つまり脱臼に関する指導を厳しくし過ぎてしまうと脱臼率には変化はないにもかかわらずQOLを低下させてしまうことになります.
脱臼に関わる要因は術中要因の方がはるかに大きいため手術記録や担当医から情報を得た上で脱臼肢位に関する指導を行う必要があります.
人工股関節全置換術後の脱臼肢位に関する指導
われわれ理学療法士の視点から言えば,適切な動作分析を行って,許容してよい動作と制限するべき動作とを明確にすることが重要となります.
左図のような体幹前屈動作は股関節の過屈曲を伴うため,これに内転・内旋運動が組み合わさっていれば動作を制限する必要がありますが,右図のような前屈動作は骨盤が後傾しており胸腰椎屈曲動作によって前屈動作を行っているため制限する必要はありません.
これを十分に理解できていないと何でもかんでも前屈動作を制限してしまうことになりますので,人工股関節全置換術を行うと靴の靴ベラを使用しないとはけないし,靴下もソックスエイドを使用しないとはけないということになります.
脱臼に関して理解が薄い人に限って厳しい制限をしがちなのですが,制限を厳しくし過ぎると医療者が本来できる動作を制限してしまうことになります.脱臼の本質を理解して脱臼指導を行えるようになりたいものです.
参考文献
1)Phillips CB, Barrett JA, Losina E, Mahomed NN, Lingard EA, Guadagnoli E, Baron JA, Harris WH, Poss R, Katz JN. Incidence rates of dislocation, pulmonary embolism, and deep infection during the first six months after elective total hip replacement. J Bone Joint Surg Am. 2003;85-A(1):20-6.
2)Mahomed NN, Barrett JA, Katz JN, Phillips CB, Losina E, Lew RA, Guadagnoli E, Harris WH, Poss R, Baron JA. Rates and outcomes of primary and revision total hip replacement in the United States medicare population. J Bone Joint Surg Am. 2003;85-A(1):27-32.
3)河野俊介, 北島将: THA術後脱臼 人工股関節全置換術後脱臼発生率の推移. 日本人工関節学会誌44: 47-48, 2014
4)河野俊介, 北島将: 後側方アプローチにおいて関節包修復が人工股関節全置換術後脱臼発生率を低下させる. Hip Joint 41: 570-573, 2015
5)van der Weegen W: Do lifestyle restrictions and precautions prevent dislocation after total hip arthroplasty? A systematic review and meta-analysis of the literature. Clin Rehabil, 2016
6)和田治, 飛山義憲: 人工股関節全置換術後の脱臼不安感と運動機能の関連性. 運動器リハビリテーション 26: 55-61, 2015
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