サービス業では接遇の重要性が指摘されていますが,リハビリテーションの現場でもクライアントへ理学療法サービスなり,作業療法サービスを提供しているわけですので,医療機関や施設の中でも接遇というのは非常に重要となります.最近ではほとんどの病院や施設で接遇研修が行われているのではないでしょうか?接遇の中でクライアントをどう呼称するのかといった点に関してはこれまでにもいろいろと議論がなされてきました.今回は医療機関の中でクライアントを“患者様(例えば佐藤様)”と呼称すべきか,“患者さん(例えば佐藤さん)”と呼称すべきかといった点に関して考えてみたいと思います.
目次
そもそも“様”・“さん”ってどう使うの?
日本語大辞典によると“様”というのは人名・身分などの下につけて敬意を示す語,物事を丁寧に言う気持ちを表す語等と定義されております.“さん”についても同様に氏名などにつけて敬意を表す「語」とあります.どちらもとも敬意を示す時に使用されるわけですが,“様”はより丁寧に,“さん”は打ち解けるときに使用されるようです.ここで考えなければならないのは,“様”にしても“さん”にしても人名や身分などの下につけるといった使用が正しいわけです.したがって“佐藤様”とか“佐藤さん”とかいうのは使用方法として正しいと考えられますが,一方で“患者”というのは人名や身分ではありませんから,“患者様”にしても“患者さん”にしても日本語的には使用方法が誤っているとも考えられます.ですので論文中に“患者”と呼び捨てのような形で記述されているのは,少し横柄な感じを受けますが,日本語的にはこの方が正しいと考えられます.なかなか実際の仕事の中で患者などと呼称することは難しいので,私自身は”患者さん”と呼称していることが多いです.
クライアントの権利意識の高まり
クライアントに対する適切な対応や接遇が重要なのは言うまでもありませんが,“患者様(佐藤様)”といった呼称に代表される過剰とも思えるクライアント対応によって,クライアントの権利意識は過剰なものとなり(お金を支払うのだから客の要求に医療従事者はすべて応えるべきだといったような意識),医療行為の結果が期待通りでなかった場合の理不尽とも思える不平・クレームの原因になることも指摘されております.つまり医療における過剰な接遇は,いわゆるmonster patientsを生み出す原因の1つになっている可能性があるのです.試してみると実感できるのですが“○○様”と丁寧な呼称で呼ばれると,何かこそばゆい一方で,自分が偉くなって態度が少し横柄になったような感じがします.そもそも診療というはクライアントと理学療法士・作業療法士が対等の立場で各々を尊重しながら進めることが重要です.ここに上下関係が生まれると様々なトラブルが起こりやすくなってしまうのです.理学療法士・作業療法士は,サービス提供者としてへりくだる必要は全く無く,クライアントからの理不尽な要求に対しては「No」と拒絶することが求められるわけです.
様呼称のメリットは?
これも自分で試してみるとわかるのですが,相手を“○○様”と呼ぶと,その後に続く言葉も自然と丁寧な言葉になります.自分が一歩下がった立場で,相手が1段高い位置にいる感覚に陥ります.相手を特別に敬いたい場合には,様呼称を使用すると必然的に相手を敬う言葉や態度が表出されやすくなるといった特徴があります.したがって相手を本当に敬いたい場合には様呼称を使うことも有効であると考えられます.様呼称を使用すると,他の言葉や動作も自然と丁寧になり,クライアントを思いやる気持ちや態度を喚起させるきっかけになるというわけですが,“患者さん”を“患者様”と呼ぶことが真の意味では接遇ではないでしょう.思いやりのこ もっていない様呼称は逆にクライアントを不愉快にさせるはずです.また前述したように理学療法士・作業療法士とクライアントの関係性というのは対等であるべきですので,そういった意味からすると診療の中で“○○様”と呼称する必要はないと考えられます.
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文献的には?
看護の分野ではこの様呼称に関して様々な検討がなされております.
ある研究では,患者の呼称に関する認識について看護職員と家族のいずれにおいても最も肯定的に捉えられている呼称は,姓である名字に「さん」をつけたものであり,約7割を占めていたとされております.様呼称に関しては看護職員も患者の家族も肯定的に捉えているのは4割未満であったとしております.考えてみますと「○○様,よかったですね」と声掛けするのに比べて、「○○さん,よかったですね」と声掛けする方がはるかにクライアントとの距離が近くなります.
今回はクライアントの呼称について考えてみました.医療機関によっては様呼称が義務付けられているところもあると思いますが,重要なのは理学療法士・作業療法士とクライアントが対等な立場で診療を行うということが重要だと思います.理学療法士や作業療法士の対象は自分よりも目上の方が多いわけですから,クライアントを敬う気持ちを忘れてはいけませんが,上でも下でもないクライアントが何でも相談しやすい存在でありたいものです.
参考文献
1)白井ひろ子, 他: 介護療養型医療施設に勤務する看護職員の言葉遣いに関する検討. 看護実践の科学40: 68-72, 2015
2) 土肥修司: 病院の理念に表れる言葉の影響 患者さまか、患者さんか、それとも患者か. 日本病院会雑誌59: 1124-1129, 2012
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