前回は人工股関節全置換術の術式(3つのアプローチ)について紹介させていただきました.今回は理学療法士が介入を行う機会の多い関節可動域について考えてみたいと思います.
目次
術前の関節可動域制限を把握しよう
人工股関節全置換術後の可動域制限は,インプラントの構造上の可動域制限と術前からの軟部組織の短縮に伴う可動域制限に分類されます.
インプラントの構造上の可動域制限はインプラントの性能を勉強すればある程度は把握することが可能です.
また人工股関節全置換術後の関節可動域に影響する要因としては,術前の関節拘縮の影響も大きいので術前の関節可動域を把握しておくことが重要です.
術前の可動域を把握することが困難な場合には,術前に靴下の着脱が行えていたか,どのような方法で行っていたかを確認するとよいでしょう.
術前に靴下の着脱が行えなかったという場合や,立位で股関節を伸展,膝関節を屈曲させて靴下の着脱動作を行っていた場合には,術前に股関節屈曲方向の可動域がかなり制限されていたことが予想されます.
実際に術前の靴下着脱動作の可否(術前の可動域)が術後の靴下着脱動作の獲得に影響を与えるといった報告も見られます.
関節可動域をセットで考えよう
人工股関節全置換術例の関節可動域を考える場合には関節可動域をセットで考えることが重要です.
セットというのはどういうことかと申しますと,「屈曲・外転・外旋」を1セット,「伸展・内転」を1セットで考えるということです.
われわれの日常生活を考えた時に股関節が「屈曲・内転」する組み合わせや,股関節が「伸展・外転」する組み合わせというのは実は少ないのです.
また股関節の構造上,股関節の屈曲運動に外転・外旋運動を組み合わせると屈曲可動域が拡大する一方で,股関節の屈曲運動に内転・内旋運動を組み合わせると屈曲可動域は小さくなってしまうのです.
したがって屈曲運動を考える上では必ず外転・外旋運動とセットで考えることが重要です.
また歩行の立脚期には股関節の伸展運動と同時に股関節の内転運動が起こります.
股関節伸展運動を考えるときには「内転」とセットで考えることが重要となります.
人工股関節全置換術例の靴下着脱動作と股関節可動域
靴下着脱動作は人工股関節全置換術後に獲得に難渋することの多い動作の一つです.
上の図のように靴下の着脱動作には様々な方法が考えられます.
日常生活動作という観点で考えると,代償的な動作であっても股関節屈曲・内転・内旋といった複合動作を回避した上で(後方アプローチの場合),動作が獲得できれば問題無いと考える方も多いと思いますが,可動域の維持・向上といった観点で考えると坐位屈曲・外旋法での靴下着脱動作を獲得することが重要となります.
入院中は理学療法士が可動域拡大に向け,頻回にアプローチを行うことができるわけですが,自宅退院後には股関節を他動的に屈曲させる機会が減少してしまいます.
特に靴下着脱動作を立位で股関節を伸展して行っている例や,自助具を使用して行っている例では,股関節を深屈曲する機会が失われてしまうのです.
靴下着脱動作は当然ながら靴下を履くための動作なのですが,靴下着脱動作は自宅退院後に股関節屈曲・外旋可動域を維持・向上させるうえでも重要なのです.
また坐位屈曲-外旋法で靴下の着脱動作を実施していれば,爪切り動作も可能になります.
靴の着脱動作を補助する自助具として靴ベラが,靴下の着脱動作を補助する自助具としてソックスエイドが用いられますが,こういった自助具を安易にしようしてしまうと股関節を屈曲する機会が失われてしまうということを認識する必要があると思います.
人工股関節全置換術例の靴下着脱動作と脊椎可動域
人工股関節全置換術例における股関節の可動域獲得の重要性については前述しましたが,インプラントの構造上,股関節に要求できる可動域には限界があるのも事実です.
靴下着脱動作を獲得するためには,股関節屈曲動作だけでなく脊椎(胸腰椎)の屈曲可動域を獲得することも重要です.
特に二次性変形性股関節症例においては臼蓋被覆を代償するための骨盤前傾により腰椎前彎を呈していることが少なくありません.そのため胸腰椎屈曲可動域が低下していることが多いのです.
股関節の屈曲可動域が不十分であっても胸腰椎屈曲可動域を向上させることで靴・靴下の着脱動作や爪切り動作も円滑となります.
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参考文献
1)木下一雄, 吉田啓晃, 他: 人工股関節全置換術後2週で靴下着脱が可能となるには術前の股関節の複合的な可動性が重要である. Hip Joint 43: 298-301, 2017
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